【明治維新という過ち 原田伊織】日本人の心に深く宿る「尊皇」という考え方

2017-02-01 11:30:02


 江戸という時代は、明治近代政権によって「全否定」された。
私たちは学校の教科書で、「明治の文明開化により日本の近代化が始まった」と教えられてきたが、はたして本当にそうなのか? 
ベストセラー『明治維新という過ち』が話題の原田伊織氏は、これまで「明治維新とは民族としての過ちではなかったか」と問いかけてきた。
そして、今回さらに踏み込み、「2020年東京オリンピック以降のグランドデザインは江戸にある」と断言する。
『三流の維新 一流の江戸』が話題の著者に、「御所の塀の謎」について聞いた。

● 鬼っ子の「水戸学」

 ここに一人、鬼っ子のような「水戸学」が登場する。
 これは十二~十三世紀に中国で興った宋学を十八世紀にもなって無理矢理我が国の政治体制に押し込めるように当てはめた代物(しろもの)であった。

 具体的にいえば、宋学にいう「尊王斥覇(せきは)」の王に天皇を当てはめ、幕府を覇王と位置づけたのである。

 東夷(とうい)北狄(ほくてき)に苦しめられ続けた宋という王朝の政治環境、対外環境を無視し、まるで言葉遊びのように「尊王斥覇」という言葉と考え方をもち込み、流布(るふ)させたのである。

 これによってこれまで政治的には平穏な存在であった天皇が、俄(にわ)かに政治的色彩を帯びることになった。
 特に、長州の吉田松陰に代表される若者が水戸学にかぶれて過激な主張をアジテートするに至り、「尊皇テロリスト」とも呼ぶべき暴徒が京に溢れたのである。

● 「尊皇」という考え方

 「尊皇」という考え方そのものは、この時代、既に読書人階級である武家には穏やかに根づいていたのだが、長州過激派を核とした一派が政治的野心から出てきた攘夷という言葉とセットにして「尊皇攘夷」を下層階層に向けて単調なリズムで喚くことによって、大きな政治的な流れが生まれたのである。

 「尊皇」という言葉は、「勤皇の志士」などというように、かつては「勤皇」と表現することが多かったが、「尊皇」も「勤皇」も正義の基準というものを考えるについては同義であったといって差支えはない。

 幕末動乱時に於いては「尊皇」「勤皇」こそが正義であり、「尊皇」に非(あら)ざる者は、今でいえば「反日主義者」、戦時中の表現なら「国賊」である。

 「尊皇」派は天皇を、即ち朝廷を守護する立場であるから「官」となる。
「官」にはもともと「大勢の人」とか「おおやけ」という意味がある。

 そこで、今風の論理に置き換えれば、「尊皇」という立場、考え方は多数が支持する、或いは支持すべき社会正義であって、従ってそれは「官」であるというような理屈になるのであろう。

コメント数 10 *複数のAPIを使いコメント保存しています。

nor***** 2017-02-01 11:02:16

皇室報道の敬語に違和感を感じた。


ヤマアラシ 2017-02-01 11:05:33

明治維新が過ち?寝言は寝て言え!


nag***** 2017-02-01 11:05:44

ちなみに楠木正成は明治時代では、 後醍醐天皇に忠誠を尽くした英雄扱いになってる。


ghg***** 2017-02-01 11:10:19

無理があるね。確かに日本人は、反権威を気取る奴ほど別の権威に異様に弱いが、それが何に由来するかはわからない。


dor***** 2017-02-01 11:14:01

まあ全編、こじつけに溢れた尊皇解釈論ですね。時の政治勢力が天皇を政治利用しようとした時のこじつけを、さらにこじつけただけです。たぶんですが、日本の無辜の民の中にある尊皇感は、体温のようなものであり、小理屈では説明できないものだろうと思います。その体温の表れの1つが
一般参賀に見られる光景だと思います。


qqx***** 2017-02-01 11:16:37

何を捻くれてるのか丸で今のネジキレ左と同じ思考か


(゜Д゜)… 2017-02-01 11:18:14

江戸時代が完璧だってんなら何故えたひにんなどと言うものが生まれるんだよ


ing*** 2017-02-01 11:50:33

太平洋戦争(大東亜戦争)の敗戦後、昭和天皇が全国(米軍占領下の沖縄を除く)をご巡幸された。GHQは「どうせ石を投げつけられるだろう」ぐらいに思ってOKを出したところが、行く先々で万歳バンザイの嵐。
一方、中東の「欧米が線を引いた国境で分断された国」では、国民をまとめるシンボルがなく、なにかのきっかけでバラバラ。
それより前でも、チトー大統領がまとめていたユーゴスラビアも大統領の死後、バラバラになり激しい内戦が起きた。

国民統合の象徴があることの意味をしっかり考えるべき。
象徴となる人も単に長男だからではなく、その覚悟を持った方がなるべき。


sak***** 2017-02-01 12:55:19

徳川が豊臣つぶすときも、いろいろこじつけて倒した。でも、その後幕府は長く続いた。明治維新も強引に推し進められた面もあるが、今に続く日本という近代国家ができた。


******** 2017-02-01 17:33:26

尊皇と称し尊皇から最も遠かった典型例が二・二六事件。親の心子知らず。






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