【新幹線 時刻表 N700】大正14年の時刻表に、何が書かれていたのか

2017-02-01 09:10:00


 列車番号に、始発駅に、発車時刻に……。時刻表には乗り物に関するさまざまな情報が盛り込まれているが、いったいどのようにしてつくられているのか。前回『JTB時刻表』(JTBパブリッシング)の大内学編集長に、時刻表ができるまでの話のほかに、できる編集者が注目している点などを聞いた。【創刊号の表紙】 次に気になったのは、創刊当時のこと。『JTB時刻表』は1925年(大正14年)に創刊されているが、当時はダイヤをどのように表示していたのだろうか。また、これだけは質問しなければいけない。現在、鉄道のダイヤはネットを使えば簡単に知ることができるが、紙の時刻表はどのようにして生き残りを図っていくのだろうか。ピンチをチャンスに変える方法はあるのだろうか。聞き手は、ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則。

●時刻表で初めてアラビア数字を使用

土肥: 『JTB時刻表』は1925年に創刊されたそうで。その年にどんなことがあったのかなあと思って調べてみると、キユーピーが国産初のマヨネーズを発売したり、作家の三島由紀夫が生まれたり、鉄道で言えば御徒町駅が開業したり。そのような年につくられた時刻表って、どんな感じだったのでしょうか?

大内: これを見ていただけますか。創刊号はこのようになっていました。

土肥: (見て)こ、これは……! いまのモノとほぼ同じじゃないですかっ。

大内: そーなんですよ。当時、他社の時刻表をみると、漢数字を使っているんです。

土肥: 「八時十五分」「八時二十分」「八時二十四分」……。当時の人は漢数字を読み慣れているかもしれませんが、これは見にくいですね。漢数字が一般的な中で、JTBの時刻表はアラビア数字を使われたのですか?

大内: はい、時刻表で初めてアラビア数字を使用しました。それまでの時刻表は漢数字を使って、ヨコに見るといった形でしたが、当社はアラビア字を使って、タテに見れるようにしました。いまの形は、このころから変わっていないんですよね。

●時刻表から想像できること

土肥: 90年ほど前からフォーマットはそのままなんですね。

大内: はい。ただ、細かいところを見ると、違いがあるんですよ。例えば、現在の時刻表は24時間表記ですが、当時のモノは12時間表記。午前中は細字で、午後は太字で書いています。列車の本数はいまと比べてものすごく少なくて、例えば、東京から九州へ行くのに、3~4日ほどかかるんですよ。

土肥: 時刻表を見るだけで、当時のことがいろいろと想像できそう。

大内: 当時の社会が反映されていますね。例えば、食堂車のメニューをみると、お寿司があってマグロ一貫の価格が書かれています。また、水道のマークもあるんですよ。この駅には水道の蛇口があります、という意味ですね。

土肥: 水道のマーク? その駅で顔を洗う人がいたとか?

大内: そーなんですよ。SLに乗車していると、たくさんのススに触れてしまうので、顔や手などが汚れてしまう。そうした汚れを取るために、この駅に行けば顔や手を洗うことができますよ、といった情報を盛り込んでいるんですよね。

土肥: いまの時刻表をみると、新幹線で「N700系かどうか」の情報が表示されていますよね。N700系の場合、窓際の席にコンセントがあるので、移動中にPCやスマートフォンを使う人にはとても便利。時代が変わると、掲載する情報も変わるということですね。

大内: はい。いまの時代、読者は何を必要にしているのか。必要な情報を見つけて、私たちは掲載していかなければいけません。創刊時の時刻表をみると、駅名の横に赤帽のマークがあります。「荷物を運んでもらいたい」といったシーンで、赤帽のマークがある駅に足を運んでいたのではないでしょうか。

土肥: いまから40年ほど前の話。私がまだ園児か小学生のころ、国鉄の駅に小荷物を取りに行った記憶があります。いまのように物流会社が自宅まで運んでくれなくて、自転車に乗って荷物を受け取ることができる駅に行っていました。ひょっとしたら、当時の時刻表をみると、駅名の横に「荷物を受け取れますよー」的なマークを表示していたのかもしれませんね。

●変わったことと、変えてはいけないこと

土肥: よーく見ると、電報のマークもあります。この駅にいけば、電報を送ることができるんですよね。当時は電話がそれほど普及していなかったので、急ぎの場合、駅に行って電報を送っていた人が多かったはず。

 おっ、静岡県の修善寺駅には温泉のマークがあります。この駅に行けば、温泉でゆっくりできますよー、といった情報も必要だったんでしょうね。東京から西の方面に向かっている人にとっては、ここらで湯船でつかりたくなるポイントだったのかもしれません。いや、西から上京する人たちがつかりたくなるポイントだったのかも。

 また、地図も表記されていますが、「手書き」なのがいいですねえ。たぶん、当時の編集部ではこのような会話があったのではないでしょうか。「誰か、字が上手な奴はいないか? お前、書道二段か。じゃ、関西方面の地図を書いてくれ」といった感じで(笑)。

大内: 当時の時刻表は『汽車時間表』と呼ばれていましたが、基本的なことはこのときに完成していました。このころからページの順番をあまり変えていないんですよね。

土肥: ページの順番を変えていない? 時刻表をみると、東海道本線の次に山陽本線が掲載されていますが、この順番をあまり変えていないのですか?

大内: はい。大幅なダイヤ改正があっても、掲載する順番はできるだけ変えずに編集してきました。なぜか。時刻表は旅行会社などで利用されているので、たびたび順番を変更すると、使っている人たちが困ってしまうんですよね。「あれ? 以前、東海道本線はここらへんに掲載していたのに、どこにいったのかな」といった感じで、探さなければいけません。探していると時間がかかってしまいますので、目の前にいるお客さんにご迷惑がかかってしまいますよね。こうした事情もあって、創刊時からできるだけ順番を変えずに掲載してきました。

土肥: 時代は変わっても、変えてはいけないものがあるわけですね。

●ピンチは3回あった

土肥: 最後に、これだけは質問させてください。1980年代、『JTB時刻表』の発行部数は200万部を超えていたとか。現在はどのくらいですか?

大内: 国鉄最後のダイヤ改正が1986年11月にあったのですが、そのときの発行部数は200万部を超えました。そして、いまは平均で8万部ですね。

土肥: 『JTB時刻表』は一世紀ほどの歴史があるので、これまでにさまざまなピンチがあったのではないでしょうか? その中でも今回のピンチはかなり厳しいと言えるのではないでしょうか?

大内: これまで、ピンチは3回ありました。最初のピンチは第二次世界大戦のとき。当時、鉄道の時刻って、軍事的に重要な情報でした。情報統制などによって、掲載できない情報が増えていったんですよね。また輸送問題や紙不足などによって、やがて時刻表を毎月発行することができなくなりました。そして1945年7月号では、とうとう紙1枚になりました。

土肥: えっ、たったの1枚? 現在は1100ページもあるのに。

大内: 出せる情報だけを掲載しました。それでも、日本全国の路線を掲載していたんですよね。ちなみに、戦時中のように毎月出せなかったことはありましたが、時刻表をまったく出せなかった年はありません。

 2回目のピンチは国鉄が民営化したとき(JRは1987年4月1日に発足)。それまで、国鉄監修による時刻表は当社のモノだけだったのですが、JR独自で発行することになりました。時刻表をつくるためには、一般公表する前にデータをいただかなければいけません。ただ、JRが発行するとなれば事前に入手するのが難しくなるかもしれない、ということだったので、編集部内では「発表後の1カ月遅れで出すことになるかも」といった話もあったそうです。

 JRが発行する時刻表は、事前に情報を手にできるわけですからタイムリーに発売することができる。一方の当社は1カ月遅れ……となると、部数は大幅に減少するかもしれない。いや、大幅に減少する。「これは大変だ。どうしよう!?」といった不安があったのですが、先方と交渉することで、なんとか事前に情報をいただけるようになりました。とはいえ、当時ライバルはいなかったので、当社のシェアは100%。いきなり強力なライバルが登場したので、部数はガクッと落ちました。JRが発足した1987年4月号のときですね。

●最後のピンチは「いま」

大内: そして、最後の3つめのピンチはいま。携帯電話やスマートフォンが登場して、ネットで時刻表を調べることができるようになったので、いままさに危機に直面しているところ。ただ、ネットにはネットのいいところ、紙には紙のいいところがあると思うんですよ。

土肥: 「紙には紙のいいところがある」と言われても、紙の時刻表を使ったことがない人にとっては、何もササらないのでは? 紙の時刻表を毎月発行していることすら知らない人も多いと思うんですよね。

大内: 東京駅から新橋駅に移動しようと思ったとき、スマホを使って調べたほうが速い。でも、旅行に行くときとか、出張に行くときはどうか。検索サイトで調べても、うまく表示されないケースがあるんですよね。「新大阪駅で降りて、そこで仕事をして、次に広島駅に向かって……」といった場合、一覧性がある紙の時刻表のほうが計画を立てやすいのではないでしょうか。ネットと紙……どちらにもいいところがあるので、うまく共存することができればなあと。

 若い人たちと話をしていると、時刻表を見たことがない人がいるんですよね。彼ら・彼女らは行き先をひとつひとつ検索しているわけですが、紙の時刻表を使えばパッと見て、パッと分かる。使い方を伝えると「えーっ、そうなの? 簡単じゃん」といった感じで、驚きの声が返ってくるんです。いまのピンチを乗り切るためには、若い人たちに紙の時刻表を啓蒙していくことも大切なのかなあと。

土肥: 3つめのハードルは高そうです。

大内: はい。それでも、私たちは雑誌の基本に立ち続けなければいけません。表紙、巻頭カラーページ、時刻ページを連動させて、1つのストーリーを描いていく。時刻ページの正確さは当然として、そのうえで何らかの付加価値を提供し続けなければいけません。

広報: あの……そろそろ時間が……。

土肥: はっ、インタビューの予定時間を20分ほどオーバーしちゃいました。時間に正確でない“遅延記者”ですいません。

(終わり)

コメント数 15 *複数のAPIを使いコメント保存しています。

hdb***** 2017-02-01 08:03:56

ローマ数字(ⅠⅡⅢ)?
123はアラビア数字でしょ。


hdb***** 2017-02-01 23:14:46

記事がアラビア数字に訂正されている。


tnk 2017-02-01 08:09:04

ローマ数字…?


******** 2017-02-01 08:11:03

紙フォーマットと同じ形式でPC上で見れる時刻表があれば便利かも。あ、でも画面で細かい文字見るの疲れるしな、拡大すると全体が見れないし。


spr***** 2017-02-01 08:28:16

えきから時刻表なら路線時刻表に対応してるけど、本数が多い路線だとまともに使い物にならないのが残念。


真中真 2017-02-01 09:42:55

紙の時刻表のいいところは、ページを半分に折ったりして別ページの列車と比較したりできること。pc上だとそれはできんのよ


mom***** 2017-02-02 07:49:58

どんだけPC使えないんだよw


cha***** 2017-02-01 08:21:05

かなり時間かけてローマ数字探したけど、見つかりませんでした。


sno***** 2017-02-01 08:36:24

乗り継ぎの妙を楽しむ(想像する)とか、組み立てるみたいなのは、やはり時刻表の方が良いかな。


mas***** 2017-02-01 09:09:55

素人には、良い記事!


e87***** 2017-02-01 09:15:54

時刻表「復刻版」の戦前編を持っています。明治から大正までは、鉄路が増えてどんどんにぎやかになっていくのですが、昭和に入ると誌面にも戦時色が強くなり、旅の楽しさが失われていく。そして記事にもあった「ペラ1の時刻表」に…というのをひしひしと感じます。今、こうして自由に楽しく旅することができる幸せを、大切にしたいです。そういえば、私が持っている一番古い(復刻版ではない)時刻表には、まだ赤帽マークがありました。


rask***** 2017-02-01 09:26:26

あれっ?
こんな感じの手書きの地図が時刻表に載っているのを、そんな遠くない昔に見た気がする。
勘違いかな?


さすらいの風来坊 2017-02-01 09:33:54

18きっぷなど、いくつもの列車を乗り継いで旅をするなら、紙の時刻表の方が調べやすい。


sei***** 2017-02-01 10:07:17

西から上京するのに修善寺通るかな?


ボテボテ 2017-02-01 10:56:37

記事に掲載されてる地図見て一瞬「アレっ?」て思った。
そうか、大正14年時点の東海道線はまだ御殿場回りだったのか。






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